第三章

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結果から言うと、ファイは助かった。 人間である事を代償にして。 二百年前の俺と同じ、代償を支払った。 「……あれ?先生?」 どうやら目が覚めたようだ。 「これは……夢?夢なら何やってもいいか」 「待て。早まるな。これは現実だ。変な所に手を伸ばすんじゃない」 何だか、こいつに対する罪悪感が消えていくぞ。 「現実って、私、死んだはずですよね?」 「その事なんだが……」 ノアには席を外してもらっている。 宿をもう一部屋借りて、そこにファイを連れ込んだ。いや、表現がおかしいか。 そんな訳で、今、この場に、ノアは居ない。自分で、全てを、話さないといけない。 「“お前をノアの人形にする事”で、お前の身体を修復したんだ」 「それって、どういう――」 「お前はもう、人間じゃねえ」 有り体に言えば、そういう事だった。 「すまん。本当なら、許可取りたかったんだが……」 不老長寿になる事がどういう事か、この時点でのファイには理解出来ないだろう。 同じような日を過ごして、たくさんの死を見て、浮浪する。 不老になって、浮浪するのだ。 ずっと同じ所で、何百年も過ごすとか、絶対に無理だ。 人間を捨て、人間らしさを捨てた人形は、半恒久的な存在へと成り下がる。 その辛さが、ファイにはまだ分からない。 「本当ですか?」 「ああ」 やはり、堪える何かがあるのだろうか。 「不老になったんですか?」 「そうなるわな」 「そうですか」 自分の身に何が起こったのかを把握し、頷くファイ。 嬉しそうに見えるのは何故だろうか。 「一つだけ不安だったのが、先生と私との決定的な差だったんです」 何の脈絡もなく。そう言った。 「決定的な差?」 「寿命です」 訳が分からず、訊ね返す俺に、ファイは続けてそう言った。 「私がいくら長生きしたところで、せいぜい八十年。でも先生は、まだ健在で」 息を吸って、更に続ける。 「いつしか先生に忘れられるのが怖かった。先生の記憶から居なくなるのが怖かった。先生の思い出から居なくなるのが怖かったんです」 ファイが吐露したのは、弱い自分。不安に怯える、弱い自分。 「でももう安心ですね。いつでもどこでも、一生一緒です」 一生がどのくらいだか分かりませんけど。 最後にファイはそう言った。 満面の笑みで、そう言ったのだ。 俺は呆気にとられるしかなかった。 「お前、自分が何を言ってんのか、分かってんの?」 ――ええ。
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