第一章

7/12

55人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
それから、生活必需品とある程度の食料を買い込み、宿に帰った。 「のう翔馬」 「ん?どうした?」 ベッドに寝転がっている俺を、上から覗き込むようにして、ノアは訊ねた。 「ここでも『先生』をやるのか?」 「ああ」 即答。 正確には、先生ではなく臨時講師なのだが。 いや、五年くらい居座っていたら先生になるのか? そんな事、今は重要ではなく。 「そうか。お主と過ごす時間が減るのは残念じゃな……」 俺、先生やらないでおこうかな。 しゅんとうなだれるノアを見ると、そう思ってしまう。 でも、生活費の為なのだ。 『ドールマスターの相談所』の収入では足りない、という訳ではない。 が、決して多い訳でもない。 この手の収入は、なにより不安定、不確実。 もしかしたら、収入がゼロ、という場合が待ち構えているのだ。 それを防ぐ為の、安定した収入源。 ちなみに、俺が教えるのは、基礎魔術学と体術学。 まあ、まずは採用試験をパスしないといけないのだけれど。 「大丈夫だって。休みの日はずっと隣に居てやるから」 俺はそう言ってノアの頭を撫でてやる。 若干俯き、大人しく撫でられているノアもまた可愛い。 「本当か?」 上目遣いにそう訊ねるノアもまた可愛い。 「ああ、本当だ」 そう言ってノアから離れ、返事を聞かずベッドに倒れ込む。 「とりあえず、俺はもう寝るからな?」 明日、採用試験を受けに行こうかと思う。何事も、善は急げ、だ。 「そう……だな」 ノアの浮かない顔が、今日唯一の心残りだった。 翌日、そんな空気を引きずる訳にもいかないので、まどろみから覚めた俺は、冷水で意識を醒めさせる。 「じゃ、行ってきます」 まだ眠りこけているノア宛てに置き手紙を書き、部屋を出て、宿を出た。 目指すは、アシュタリア魔法学院。 この街の外れにある丘陵地帯にポツンと一軒だけ建っている、公立の魔法学院。 二百年も昔は、まさかこんな事をしているとは思っていなかっただろうなぁ。 人外となって、晴れて愛する人の隣に立つ資格を得て、何故か先生をやっている。 何で先生? 禅問答のような自問自答。 強いて言えば、“なんとなく”。 どうやら俺の本質は、随分適当な人間――いや、人形か――らしい。 向こうの世界ではどうだったか、今ではすっかり思い出せない。 愛する人の隣に立つ代償は、一つではなかったという事か。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加