105人が本棚に入れています
本棚に追加
*茶猫*
『vanilla』
そう書いた看板があるお店だった。
近付きたいのは山々だが、女の子たちが沢山入り口にひしめき合っており、近付けそうにない。
茶「クン、クン。
間違いないよ、白ちゃん!
この匂いだ!」
電柱に隠れ、僕は鼻をピクピクさせた。
色んな匂いが充満する街中だが、僕の鼻は店内から溢れている匂いを感知した。
隣に立つ白ちゃんを見れば、白ちゃんは複雑そうな表情を浮かべていた。
白ちゃんの鼻にも匂いが届いたみたいだ。
同じ甘い香りでも、店によって香りに違いがある。
人間にはわからない僅かな違いを、僕たち猫には感知出来る。
白「ここまで来たけど、これ以上は無理じゃないかなぁ?」
茶「白ちゃん、それでもオス!?
ここまで来てのこのこ帰れちゃうの!?
どうせね、明日には女と会うんだからね!」
うっ、と言葉を詰まらせる白ちゃん。
ビビる気持ちはわかるが、僕の好奇心には勝てっこない。
白ちゃんの意見なんて無視だ。
女の子たちは中にいるであろうイケメンに夢中なのをいいことに、僕は電柱から走り出した。
白「まっ、待てって!
どこ行くつもりだよ!」
真っ正面からが無理なら、裏口だ。
必ずあるはずだ。
「返してください。」
「何を?
お前の心、とか?」
「……っ!
ふざけんなっ!
俺ん家の鍵に決まって……なっ!?」
掛けてきた僕の耳に届いたふたりの声。
声を潜めているが、わかる。
ひとりは家主だ。
もうひとりは聞き覚えのない、男の声だ。
僕の身体は一瞬固まってしまった。
会話からしておかしいからだ。
僕の思っていたことが壊れていく。
茶「うそ、でしょ?」
一歩、一歩僕は近付いていく。
ふたりの声がした方へと。
最初のコメントを投稿しよう!