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風情とは程遠い無機質な空間に“それ”はあった。
人間なのか、その他の動物なのかの判断もまだつかない過程の胎児。
それが無色透明の容器と液体の中にポツンとただずんでいた。
「父さん。これ何?蛙?鼠?」
本来母体の中にあるべき生命は、好奇心旺盛な少年の目前に晒されていた。
少年はそれを興味深そうに見つめながら、ファイルに目を通していた白衣姿の男に問いかけた。
「ジン、研究室に入ってはいけないと言った筈だよ?」
男は手に持っていた物を置き、呆れた顔で少年に近づいた。
「うーん。ねぇ父さん、これ何?何か教えてくれたら部屋にもどるからさぁ」
少年は咎められた事を聞き流して尚も聞く。
「まったく。蛙なわけないだろう?………哺乳類だ」
男は何かを言い渋るように当たり前の回答をする。
「哺乳類……あ、わかったライオンとか?んーイルカ?」
少年は男ではなく目の前の胎児に問いかけるように言った。
「ジン、もういいから。もう少し大きくなってから教えてあげるよ」
「え~~っ」
「さ、部屋に戻るんだ。夕飯はオムライスでいいかい?」
「オムライスっ!わかった、じゃあお仕事頑張ってね~」
言うや否や、少年は凄まじい切り替えの早さで研究室を飛び出して行った。
よほどオムライスが好物なのだろう。
男は少年を見送った後、再びファイルを持ちパソコンのあるデスクへと向かった。
そしてその途中にある胎児の前で足を止める。
「容易いことだ」
呟いた男の声は、その空間に思いの外よく響いた。
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