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長閑な風景も、寂れた商店街も、俺にとっては楽しくてしょうがなかった。
破れたパンツを履く個性的な服装をしているお兄さん。
誰がいつどうしたとか、事細かく報告し合うパンチパーマのおばさん。
潰れた工場を集会所にする野良猫。
道路に渋滞をおこしながら田んぼに向かうトラクター。
そんな目に映る全てが、輝いて見えたのだ。
ある日、俺はまだ足を向けた事のない街とは反対方向へと来ていた。
そこは民家さえ数える程しかない、すぐ目の前に山があるような所だった。
幼い俺は一度だけ軽トラックが走った必要以上に広い道路を意気揚々と進む。
暫くすると、山の上へと続く石階段を発見した。
一度も躊躇う事なく、その気の遠くなるような階段を登り始めた。
息を切らして漸くたどり着いたのが、勇典さんの実家でもある寺だったのだ。
其からというもの、俺は飽きもせず週3回くらいのペースでその寺に通った。
大好きになった勇典さんと色んな話をした。
研究所に帰っては、いつもゼロワンに勇典さんの事を聞かせた。
ゼロワンは楽しそうに聞いていたが、今思えば酷なことをしたと思う。
俺は外へ出られても、ゼロワンは産まれてからずっと研究所しか知らないのだから。
だけど、今こうしてゼロワンを連れ出してやれた。
温室育ちの俺にしては、中々思い切った事をしたと思う。
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