5人が本棚に入れています
本棚に追加
忘れてはいけない記憶がある。
幸せだった記憶と、紅に染まった記憶。
風が腰まである長く艶やかな髪を弄び、身体を包む。小さな丘に登った翡翠は腰にさした剣にそっと触れた。
胸元に居れておいた通信機が振動し、剣から手を離し翡翠はそれを耳に押し当てた。通信機から聞こえてきたのは、明るい声。
「…朱里さん。終わったよ」
「はいヨ。お疲れ様。それよりサ、翡翠今どこにいるの?もう仕事は終わったでショ?」
「今から帰るね」
プチッと通信を切り、翡翠は丘から駆け下りた。走る翡翠の動きに合わせて髪がたなびく。白いコートの隙間から見えるのは、薄緑色の軍服。
「ただいま」
「おかえりー」
基地に戻り、翡翠は通信をしてきた人物に真っ先に会いに行った。部屋の扉を開け、足を踏み入れると甘い香りが鼻を掠めた。
スタスタと部屋に入り、近くにあった椅子を引き寄せ座り、白衣を着たその人の背中を軽く叩いた。
「今日はもう仕事終わり?」
「ああ、お疲れ様」
疲れきったように背もたれに背中を預けた。苦笑いを零し、白衣の男性はクルリと椅子を回し振り返った。
「朱里さん…」
「ん?何だい?」
「今日ね、父様の夢を見たんです」
朱里と呼ばれた男性は、ピタリと動きを止めた。目を閉じ、目蓋の上に腕を乗せた翡翠はそれ以上何も言わなかった。
.
最初のコメントを投稿しよう!