はじまりの風は吹く

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忘れてはいけない記憶がある。 幸せだった記憶と、紅に染まった記憶。 風が腰まである長く艶やかな髪を弄び、身体を包む。小さな丘に登った翡翠は腰にさした剣にそっと触れた。 胸元に居れておいた通信機が振動し、剣から手を離し翡翠はそれを耳に押し当てた。通信機から聞こえてきたのは、明るい声。 「…朱里さん。終わったよ」 「はいヨ。お疲れ様。それよりサ、翡翠今どこにいるの?もう仕事は終わったでショ?」 「今から帰るね」 プチッと通信を切り、翡翠は丘から駆け下りた。走る翡翠の動きに合わせて髪がたなびく。白いコートの隙間から見えるのは、薄緑色の軍服。 「ただいま」 「おかえりー」 基地に戻り、翡翠は通信をしてきた人物に真っ先に会いに行った。部屋の扉を開け、足を踏み入れると甘い香りが鼻を掠めた。 スタスタと部屋に入り、近くにあった椅子を引き寄せ座り、白衣を着たその人の背中を軽く叩いた。 「今日はもう仕事終わり?」 「ああ、お疲れ様」 疲れきったように背もたれに背中を預けた。苦笑いを零し、白衣の男性はクルリと椅子を回し振り返った。 「朱里さん…」 「ん?何だい?」 「今日ね、父様の夢を見たんです」 朱里と呼ばれた男性は、ピタリと動きを止めた。目を閉じ、目蓋の上に腕を乗せた翡翠はそれ以上何も言わなかった。 .
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