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「居たか?」
「いや、そっちはどうだ?」
「…っ!」
逃げる廊下の反対から聞こえた声に、足を止め息を潜める。
後ろから追ってくる部隊とは別に先回りをして待ち構えているらしい。
このまま突っ切るか、それともここで留まって捕まるか。
どちらを選んでも最悪の結末にしかなりそうにない選択肢に思考を巡らせていると、突然背後の扉が開き中から伸ばされた腕に口を塞がれ室内へと引き込まれた。
「っん、んー!?」
「シッ」
「な、は、離しなさ…むぐっ」
耳元で囁かれた聞き覚えのある声に安心するどころか余計に警戒心が増し、反射的に逃げようと暴れる体をしっかりと抱きすくめられた。
「お前、今日は鬼ごっこでもないのに随分楽しそうなことやってんな」
「い、いひぇ。はなひなひゃ… ふひゃああ?!」
「なんか旨そうな匂いもするし」
「んんんんーーーっ!?」
抱きすくめられたまま後ろから耳朶を食まれ、横目で後ろを伺うと楽しそうににやりと笑う伊瀬と目が合い、本気で逃げようと暴れるが更に押さえつけられる。
「なにはしゃいでんだよ、見付かるぞ?」
「あ、貴方が変な場所を舐めるから…!」
「耳食われたぐらいで変な場所とか言ってたら、この先どうするんだ、お前」
「ばっ、この先も後もありま…むぐっ」
「だから、黙れって。逃げてんだろ?」
「む」
大きな声をあげかけた口を再び塞がれ、ずるずると部屋の奥へと引き摺って扉から離され、声を上げるなと念を押されて漸く開放された。
「…はあ。伊瀬、思いっきり口を塞ぎすぎです」
「んで?何で追われてたんだよ」
「………今日の家庭科で、チョコレートを作ったんです」
「…ああ。俺のはないのか?」
「あるわけないでしょう!昼休みに七桜にチョコレートを渡した噂が広まり、今こうやって追われてるんですよ…」
「そういや、五光の奴がお前にチョコ貰ったって俺の教室まで自慢をしに来たんだが」
「あ、あげてません!」
刻んだチョコをお湯で割った液体を、チョコと呼んでいいはずがない。
「『天使のような愛らしい笑顔で俺にチョコをくれたんです』と言ってたんだが」
「あれはチョコだと認めません!」
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