感冒薬と鋏

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「ゆか!おい!…ちょっときいてる?」 「え?」 輝かんばかりの青空に秋の風が吹き始めた。 早朝の空気は澄んでいて、あの夏の重たい日差しとは違う美しさを感じる。 「こんな時間に帰ってきて。大丈夫なの?」 「うん。アトリエにずっといたし。今日は夜ちゃんと帰ってくるから。」 「そう…。ご飯食べて少し寝なさいね。」 お母さんは早起きだ。 お父さんのお弁当を作るために起きて、また寝るけれど。 私はとある脚本家の弟子(というかアシスタント)として働いている。 人生なにも楽しい事がなく、大学をでてから芸能プロダクションに就職した。 なんとなくお笑いは好きだったし、キラキラした世界のように思えて 少し希望を持ったりしたからだった。 実際は違うと、今なら言えるけれど。 昼の十二時には目覚ましが鳴るようにセットされている。 もうこの時間に起きることにもなれた。 「いってきます」 といってもお母さんは眠っている。 また心配されるのもかなわないので、小さく呟いて家を後にした。 最寄駅は人がたくさんいる。 一番熱い時間だが、秋の風は私の肌を火照らせない。 この暑さと涼しさがマッチした風がだいすきだ。 「おはようございます。」 「おぉゆか。朝ぶり。」 「朝ぶりです。」 アシスタントは私含め三人程いて、ここには常時五人程いることになる。 そこまで狭くはないので居心地もいい。 なんといっても教室みたいなあの「アトリエ」は特別だ。 あの人がいつも座っているのだから。
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