第6章 カワルミライ

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――9:26 PM―― 受付の前で、翔馬は腕を組んで壁にもたれ掛かっていた。俺が来た事に気付くと、彼は小走りで駆け寄ってくる。 「何があった――」 「来い」 それだけ言うと、翔馬は何も言わず歩き出す。エレベーターの前で立ち止まり、ボタンを押す。腕を組んだり、頭を掻きむしったり、落ち着かない様子だ。 俺達は乗り込むと、翔馬が唐突に、 「一緒にいたんじゃなかったのか?」 と、壁に向かったまま聞く。 「しばらく遊んでから、別れたよ。7時くらいだったかな」 「そうか……」 俺は翔馬が何を言おうとしているのか、さっぱり分からない。なぜそんな事を聞くのか。だが、俺は気付いていたのかもしれない。 最悪の事態が起こってしまったのかもしれないと……。 6階でドアが開く。突き当たりの角を曲がると、左右に真っ直ぐ伸びている長い廊下。壁は白く、誰も人がいない。あるのは、一番奥の扉の脇にある長椅子。そこの上には、『手術中』と赤いランプが灯っている。俺はようやく事の重大さが分かってきた。 「まさか、凛は……」 「事故に遭った。乗用車にはねられて、今は手術中だ」 「嘘、だろ?」 嘘だと言ってほしい。実は俺を驚かせる為のドッキリなんだ。あんなに元気だった凛が、急にいなくなるなんて事、あるはずが……。 「本当だ。乗用車の運転手は、もう捕まってる」 「笑えない冗談はよせ。実は嘘なんだろ?」 翔馬はただ、表情を曇らせるだけだった。俺は悟った。すると、込み上げる涙を止める事ができなくなっていた。 「そんな……」 「俺もいればよかった。……くそっ!」 翔馬は壁を思いきり殴り、そのまま動かなくなる。いや、微かに震えている。もう一度殴ると、しゃがみ込んでしまう。 太陽が沈み、月光が俺達を薄明かるく照らし出していた。
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