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経験があるだろうか。俺にはなかった。
見慣れない校舎に足を踏み入れる、これ自体はまあ進学すれば当然のこと。そわそわとした緊張感と張り詰めた興奮。二つが混ざり合う新入生には、しかし仲間がいるのだ。俺は、違う。
「入ってきて下さい」
見渡す限り一面、知らない顔。新入生ならまだ、同じ学校を卒業してきた仲間もいるだろうに、今の俺は孤独。顔も名前も見ず知らず、お互いがお互いに初対面だ。
「それでは、自己紹介をして下さい」
向こう側の圧倒的多数と、こちら側――つまり俺の圧倒的少数。好奇の視線にさらされて逃げ場なし、ここで緊張せずにいられる人はいないはずだ。
「遠藤秋弥(えんどうあきや)です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、パチパチと拍手。やりきった安堵感と、まだ人前である緊張感が合わさって、頭を上げるとどっと疲れた。
「はい、では川本くん」
俺の隣にいるのが、担任になる菅原先生だ。先生が誰かを呼び、応えて最前列で立ち上がった『川本』が言う。
「学級委員長の川本直人(かわもとなおと)です。途中からだけどよろしくね!」
「遠藤くんの席は、最初は川本くんの隣です。学級委員長だから、どんどん頼って下さいね」
俺は途中から学校を変わってきた生徒――いわゆる転校生である。
あなたは『転校生』を経験したことがあるだろうか。
俺は中学二年の秋、初めての転校を経験した。
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