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ここ最近の城内の様子はどこか妙だった。
口さが無く雑言が飛び交い、反して心配の声も上がっていた。様々な思惑が蠢き、何処か落ち着かない雰囲気があった。
それでも今日のあからさまな騒がしさは、可笑しい空気の最近の中でも異常だった。
城には戦時とは別に、普段用の厩舎が整備されている。
戦の多かったこの国で戦時以外、平時用に厩舎が整えられたのはここ数年の事だった。
ここ数年になって雇われた馬丁は、この城の空気が最近澱んでいるのを感じていたが仕事は仕事であるし、自分自身には別段関わりのない雲上人やお偉方がわちゃわちゃと騒がしいだけで、気にしていなかった。
だと言うのに。
馬丁は今目の前で起こっている騒がしさの中に、自分の世話している馬の蹄の音を敏感に感じ取っていた。
……陛下の馬だ。
馬の蹄に打つ保護用の蹄鉄は、様々な種類の素材が用いられる。鉄であったり木であったり、変わった所では繊維質の植物を編んで蹄の形に成型したものを、人間の足に靴を履かせるように括り付けたりなど。
その中でも国王の馬の脚には金剛石が用いられ、金属ではなく石の性質を持つ為にその音は硬質だ。
その音が重いのは、馬上の重さが増している為だ。
帰還した馬上の人影は2人。
飛び出して行った際の人間は1人。
一人は言わずもがな、黒馬の主人である。
では増えたもう一人は誰か。それさえも説明の必要がない程に明白だった。
城内の人間全てが悟っている訳ではない。だが馬丁にはわかるのだ。自分が普段より世話をしてる馬の中でも、とりわけ気難しい馬は2頭。1頭は国王の愛馬。もう一頭は月色の毛色の牝馬だった。
その牝馬が騒ぐ。
主人が帰ってきたと。頭を上下に忙しなく振って、前脚で地面をカツカツを打ち鳴らす。
正門を潜って進んで来る姿に、馬丁は心境を複雑に絡める。
新たに王妃として立ったアリシアには、正直特に興味が無い。
何せ馬丁の仕事は馬の世話だ。アリシアは乗馬をしない。つまり馬を持っていないのだ。関わりを持つ機会など、雲上人の王妃に対して使用人と主人としての関係以外あり得ない。
反して元王妃は馬を昔から大事にしている。その分馬丁は元王妃をよく知っている。
だからと言って肩入れをする訳ではないが、馬丁はどうしても複雑になる。
目の前にこれから広がる光景を受け止めるための心の準備をしておく為、馬丁は息を飲んだ。
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