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様々な疑問の声が飛び交う中、馬はお構いなしに進んでいく。
ああ、もう本当にどうしたいの……
出奔する直前に国王が働いた無体、あれは暴行だ。わざわざそんな真似をしなくとも、王妃もいる他、ああいった強要するような行為が趣味だったのであれば娼館にでも行けばいい。何せ自分は性の捌け口に使うには柵が多すぎる。
それでも行為は成され、更には周囲に見せつけるように正門を潜って帰還する。
元王妃は冷静なのだ。
身の内に蠢く沼も、頭の狂いそうな渇望も、死にたくなる絶望も、今はもう形を潜めている。
務めて冷静であるが故に、様々な疑問が沸き起こってくる。
国王の行いにある矛盾に気付く。
今はもう苦しさはない。あるのはただぽっかりとした空虚さだ。しかしその虚を埋めるように、新たな目標が輝いて見える。
自分に残るもの。兎に角この立場を最大限活かして、自分にしか出来ない事をする。
けれど、自分の感じた苦しさは無くならない。
あの過去は決して無くなりはしない。
夫の浮気を笑って聞けるだろうか。私は聞いたのだ。陽の目を見せてやりたいと願う夫の願いに応えるために、いつも爪が掌に食い込んでいた。薄い皮膚を破らぬように必死で加減した。いつもいつも、叫び出したい気持ちを見て見ぬ振りをしてきた。
立場上仕方のないこともある。
この国は愛妾を禁じていない。後継を作る事が何より優先される世襲制を採用している国で、愛妾を禁じている国など聞いた事がない。
それ故に、当たり前として捉えてきた事を、国王は最初に否定したのだ。
側室は要らぬと。
結局こうなるのならば、最初から期待などさせないで欲しかった。
人間は間違える。
国王も勿論人間だ。
きっと本当に側室を持つ気は無かったのだろう。
アリシア様に出逢うまでは……。
状況は変わる。
どんなに備えても、考えても、「今」は誰にも分かりはしないのだ。
だから国王は悪くないのだ。
それでも……。
それでも、あの苦しさを誰も知らない。その不満をまた抱えて、自分は生きていかなければいけない。
だと言うのに、国王の行いは自分の混迷を深めていくばかりだ。
今更執着心が沸き起こってきたと言うのだろうか。
それは何と不誠実な事か。
誰も幸せにならない。
元王妃は出奔以来感じていなかった怒りと、幸福が誰にも訪れる事がない可能性に身を震わせ、馬上で揺られていた。
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