イラスト

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幾日が過ぎたのか、もう数える事は放棄した。 たった数日な気もするし、何年も経った気がする。 だが経た時間は、自分の身体の一部が如実に知らしめてきた。 「もう随分と大きくなられましたね」 そう零す侍女の声音は、従来は高らかに弾む筈の出来事に反して憂鬱さが滲む。 「ええ…そうね」 茫洋とした声だ。 頭の何処かで冷静な自分が分析をする。 陽当たりの良い窓の側で、雲のような座り心地の椅子にゆったりと腰掛けている。 ここは王宮の中でも1番高い位置の部屋で、国王の寝室よりも高い位置にある。とても特殊な造りの部屋で、贅を凝らした調度品に何もかもが揃った部屋。 そう、何もかもだ。 浴室も厨房も手洗い所も何もかも。 この一部屋で何もかも、人間が生活をするのに不便がないように整えられており、この部屋を出る必要がない。 そういう風に造られている。 ここは塔。 王宮の敷地内の1番裏側に位置する、尖塔の最上階。 王族に罪を犯した者や、表に出せない者を幽閉する場所。 逃げ出さないように高く積み上げられた煉瓦造りの 窓には鉄格子は嵌められておらず、城の裏に広がる湖がよく見える。 城の見える方角には窓はない。 ビュウッーーー 吹き付けた風に、人前に出る必要がない為に下ろしたままの髪が拐われる。 髪を下ろしたまま、日がな一日中窓の外を眺める。そんな生活など生まれてこのかた一度だとてした事がない。 どうしてこんなことになったの? 私はそんなに罪深いことをしたの? 一体私がなにをしたの? それとも私以外の誰かが悪いの? ずっと、もうずっとその事ばかりが頭を過る。 おかしくなりそうだった。 思考が停止して行くのがわかる。 わかる事が更に辛かった。 そうだ。 私は辛いのだ。 もうずっと辛い思いばかりしている。 ビュウッーーーー 窓からまた一層強い風が吹き付けて、侍女が何かを言った。 耳は付いている。 頭もある。 それなのに言葉が理解できない。 何を言っているのかわからない。 自分も何を言っているのかわからない。 何か言っているのかもわからない。 何をしているのかもわからない。 なにもわからない。 そう、何も。何もかも。 窓枠に手が伸びて、体重を外へと預ける。 このままスルリと抜け出せる。 そう思ったのに、腹が支えた。 そして急激に現実が押し寄せる。 妊娠と言う、現実が。
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