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絨毯の敷かれた廊下を足早に進み、問題のあった場所付近を通り過ぎ、牢への通路を辿っている途中、後ろ手に拘束されて前後を近衛に固められた侍女が少し先に目視できた。
「そこで止まれっ」
少しの距離から声を上げる。その声に背後の王妃が目を丸めたのだろう、息を呑むのがわかった。
私とて声を張る時くらいある。
「宰相閣下……?」
反射的にビタリと止まった近衛は、姿を確認して困惑したように首を傾げる。
それはそうだ。この通路の先には牢しかない。宰相という役職でそこに向かう事は稀だ。
「もしやこの侍女に何か御用が?」
前後を固めている近衛の内、前を歩いていた近衛が察してそう声を上げる。
距離を詰め追い付いて、侍女の様子を観察するが目も口も引き結んで顔面は蒼白だった。
「何がありました。
陛下が王女殿下付きの侍女である彼女を罰するとは。最早彼女は他国の姫君である王女殿下の侍女です。そんな立場の人間を罰するとは、余程の事でも?」
胸に拳をトンと当てて敬礼を示すと、侍女の前を固める近衛が報告を始める。
「はっ
先刻陛下の執務室前にて警護をしておりました所、毎日の定時報告に彼女が訪れまして暫く後、陛下との言い争いに発展したようです。
陛下のお呼びで拘束をしましたが、彼女が王宮の預かりで無い事は承知しておりますので、後程閣下へとご報告に参上する次第でありました」
「……報告ご苦労。」
結局のところその内容については語られないのだから、あとは本人に訊くしか無いだろう。
恐らく機転を利かせて、同僚を私の元へ寄越したのはこの近衛だろう。
「では貴女から詳しい事をきくとしましょう」
侍女に目を向けて懐かしい気持ちになる。王宮には居るものの、彼女は離塔と国王の執務室の往復が日常となっている。顔を見る事は稀だった。
「宰相閣下……」
一瞬ボーっとしていたように見えたが、ハッとしたように我に返ると彼女は拘束されている為に簡易の綺麗な礼をとった。顔面は相変わらず蒼白だが。
「まともに会話をするのは幼少の頃以来ですか」
「はい。陛下に王女殿下、宰相閣下には幼い頃より良くしていただきました」
どんな時でも礼を欠かさないこの侍女は、幼い頃から王女に仕える侍女だった。幼馴染みとも言える3人は、年齢もよく似たこの侍女を巻き込みながら過ごした。
陛下も知らぬ相手でもない。だからと言って私情で裁定を緩める訳にもいかないし、その点今代の国王は非常で冷静だ。その点は考慮しないだろう。
だが、立場が曖昧であるとは言え他国の王女の侍女を、主人以外が罰して良い訳がない。そこには多分に私情が挟まっている気がした。緩和の反対の行き過ぎた裁定が下されている事に、危機感が募っていく。
「ここでずっと立ち話も楽しくないでしょう。
王妃殿下をこの寒々しい廊下に立たせたままの無礼もあります。兎に角茶でも飲んで落ち着きましょうか」
そうは言いつつ、きっと楽しい事にはならないのだろうと内心で苦虫を噛み潰した。
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