一話

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宛名は父だった。 「早瀬 康史様」なんて、バカらしいほどに仰々しく名前が書いてあった。 にしても、何故手紙なのだろうか。 届くか分からないし、第一、こんなご時世。会いに行ったほうが早いはずなのだ。 何故だろう何故だろうと、不安とも似たそれをただただ頭に浮かべながら居間に入ると、父が新聞を待っていた。 「父さん、おはよう。今日の新聞…と、封筒」 今日の新聞、そして例の手紙を渡すと、父さんはありがとう、と呟いて、(はっきり聞こえるけど、呟きと呼んでいいのか)笑顔でそれを受け取った。 父は、優しい人だ。 私と母を支える大黒柱でありながら、笑顔を絶やすことはない。 怒ると怖いのは当然だけれど、それも愛情だということを私は知っていた。 愛情と優しさに満ち溢れた、厳格な父。 私はそんな父を心から尊敬し、愛していた。 父が大好きだった。 それなのに  
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