一話

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私が自室に入ったその時、父が廊下を走る音がした。 いつになく、焦っているような。 そんな感想。 どたどたと慌ただしい音が響いたかと思えば今度は、ばんっという大きな音が聞こえた。 私の部屋ではない。 隣の、母の部屋の扉が開かれる音だった。 母は、この時間帯はいつも内職をしている。 少ない給料だが、少しでも足しになるようにと、寝る間も惜しんで、弱い身体を酷使して、仕事をしていた。 母が集中して仕事をしている時は、部屋に入ってはいけない。 それどころか、ノックすらしてはいけないと言われていた。 集中することは、体力を要する。 つまり、一旦切れた集中をまた戻すにも然り、ということ。 ちなみにこのことを取り決めたのは、父。 母の身体を心配してのことだった。 そんな父が、何故わざわざ自分が取り決めたことを破るのだろうか。 そして、また私を取り巻き始めた不安に似た感覚。 思わず、鳥肌がたった。  
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