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この世界のある男は、
この世界で生きることに絶望し、
自らの命を絶ったー。
やがて気づくと男はその世界にいた。
見覚えのない街。男はどこかの裏通りと思われる道に立っていた。
街並みはお世辞にも鮮やかとは言い難く、モノクロではないにしろコントラストを実に低色調に抑えていた。
それとも男の目が、まだこの世界に順応していないために靄がかっているだけかもしれない。
男はしばらく歩いてみた。
小道を抜けるとそこには広場があり、中央に小さな噴水を見つけた。
水が流れているところを見ると人はいるらしい。
男はそこで若い女に出会った。
「君はだれだ?」男は尋ねた。
「ようこそ、かしら。私もあなたと同じ。前の世界で自ら死を選んだ。そして気づいたらここにいた。ここはそうね、幸せの世界よ」
女は嬉々として告げた。
「幸せの世界?」
女はこの世界について色々なことを教えてくれた。
それは全てが不思議なものだった。
ここでは老いて死ぬことがないことー
何も食べなくても生きていけることー
生殖機能がなく子供を作ることができないことー
そして、窃盗や殺人などが一切起こらないことー
「なんで窃盗や殺人が起こらないんだ?」
「ここでは他者に敵意を持つことができないの。もちろん人間だけでなく動物もね」
まさか、そう思った矢先。
「嘘だと思うなら試してみたら?」
言われて男は目の女を罵倒しようとしてみた。
しかし、その思いはなぜか募ることはなかった。
砂山を作ろうと砂をかき集めても真ん中に穴が開いているみたいに、思いが一向に完成することはなかった。
「窃盗や殺人は前の世界での《魔法》と同じ意味を持つわ。誰かに傷つけられることもない。誰かを傷つけることもない。ここはまさに幸せの世界なのよ」
女はそう言ってまたも嬉しそうに微笑んだ。
男は女と話すうちに女に惹かれ、また女も男に惹かれ、いつしか二人は恋仲になっていった。
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