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ある日、男は思いつめた顔をした老人が町の外に歩いていく姿を見つけた。
「なぜ彼はこの世界であんなに苦しそうな顔をしているのだろう?」
男は腕を組んでいた女に尋ねた。
「ああいう人たちをたまに見かけるわ。彼らはこの幸せに飽きてしまい更なる幸せを求めて皆同じ場所を目指しているらしいの」
「更なる幸せ?一体どこにそんなものがあるんだろうか」
「噂ではこの町をずっと北に進んで山や谷を数百も超えた先に、この世界の神様がいてどんな願いも叶えてくれるらしいわ」
それを聞いて男は、更なる幸せを望む彼らを軽蔑の目で見てやりたかったが、その思いが紡がれることはやはりなかった。
「でもなぜか皆同じことをお願いするらしいの」
男は首をかしげたがそれは女も同じこと。結局、分からないのだと男は納得した。
そして、それから数日後。
男は町で自分の目を疑う光景を目の当たりにした。
女が見知らぬ男と腕を組んで歩いていたのだ。
楽しそうに歩く女の姿を両目に写し、男ははっきりと《傷ついて》いた。
なぜ自分は傷ついているのだろう。
この世界では他者を傷つけることはできないはずではなかったのか。
男は女の言葉を思い返した。
『ここでは他者に敵意を持つことができないの』
女は男に敵意を持っているわけではなかった。
その行動が結果として男を傷つけたに過ぎなかった。
気づいた男はさらに傷ついた。
そして、そんな女に対してもやはり敵意を紡ぐことはできず、逃げ場のない憎しみは男をより一層苦しめた。
男を苦しめた女にも、
敵意を禁じた神にも、
果てはまったく無関係の誰かに対しても、
敵意は紡がれず、男は壮絶な苦しみの果てにやがてかつてと同じ選択をした。
「・・・もう死のう」
男は縄を天から吊るした。
しかし、男が縄に首をかけることはなかった。
なぜなら自分への敵意も許されてはいなかったから・・・。
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