暴君は一日にして成らず

17/44
前へ
/44ページ
次へ
「しかし、皇士郎様。二見浦と七久保に通ずるものです。粗野に扱われては、皇士郎様のこれからにひびきますれば」  写真は、日の傾きから見るに、夕暮れ前だろう。自宅の門前で小さな肩をぎゅっと持ち上げて、手持ち無沙汰な手はきつくスカートを握りしめている。 「これからは、要人もしばしばお相手していただくことになります。五十嵐安泰のため、あなた様が誰からも祝されて島主におなりあそばされますよう、慎んでお励みくださいませ」  自宅を見上げる少女の横顔は、今にも泣きだしそうで。 「皇士郎様」  なぜ。どうして。  いったい何があって苦悩に歪んだ顔をしている。 「……ちょっと、聞いてんの? すっげー大切な話してんだけど」 「あ、ああ……。七久保の血を引く二見浦の従者、上地区の。励めばいいのだな、励めば」 「励めばって……本当にわかってる? 皇士郎様はいっつも嫌々こなすばかりで、小手先だけ精進しても肝心要の情を受け入れ与えなければ閨の業の意味をなさないんですよ」  何がそんなに悲しい出来事があった。 「昨晩だってほら、さっさと終わらそうとして、指ばっかり使って」  それともつらいことが? 「あなた様の口は、舌は、何のためについているんです」  寂しいことが? 「皇士郎様!」 「…………なぐさめるため」  ふと、そう思った。 「は? あ、ああ、そうですとも。女たちは、あなた様に抱かれるという期待と昂揚をはちきれんばかりに抱えてやってくるのですから」  なぐさめるため。 「それから、話は変わりますが、近頃八百津に不審なそぶりが見えまして。大事に備えて、皇士郎様の名で烏(からす)を忍ばせ――」 「そのようなこと、逐一俺に聞かせなくともよいと申しておろう。同じことを何度も言わすな。虎ノ介の裁量に任せる」  口も、舌も、そのほかの俺の持ちうるすべてが、この小さな少女を慰めるためだけに存在する。  一度思ったら、もう、そうとしか思えなかった。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

559人が本棚に入れています
本棚に追加