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「ほう……その煩悩が、虎ノ介に何の用があったのだろうな」
「虎ノ介?」
獅ノ介の目つきが変わった。その鋭さを覆い隠すように、ゆっくりと細める。
「そうだ。先ほどの話で、鷹遠の用は八百津のことかと早合点したが、そうではなさそうだな」
昼間、この部屋にいたのは鷹遠だけではない。俺を着替えさせるために虎ノ介が待っているのはいつものことだ。
広いこの部屋の中央で、キセルをくゆらせながら顎をさする鷹遠に、前のめりになって向かい合う虎ノ介の姿を思い返して、首をひねる。
八百津のことでないとなると、なんの話だろうか。
三代橋から閨の相手を選ぼうというのだろうか。
……それにしては、
「いたく神妙な面持ちで長話を決めこんでいたぞ」
「鷹遠と虎ノ介が、ねえ……。皇士郎は心当たりないのかい?」
「あったら不思議には思わんだろう」
なくても別段、不思議に思わないが。
虎ノ介が鷹遠となにを企んでいようが、どう見積もっても虎ノ介がやること、俺に不都合があるわけでもなし。
「皇士郎、お前も存外、本性を隠しているよね」
「本性?」
「おや無意識かい。よく言えば、能ある鷹は爪を隠すだが、その実、ただの面倒くさがり無責任男」
「面倒くさがり無責任男?」
「その一端が、ほら、今のそれだよ。わかっていることをわざわざ質問して相手に答えさせることで、考えることから逃げているのさ」
逃げている……俺が?
去り際、獅ノ介は、かたい口調で思い出したように呟いた。
「鷹遠は存在からして煩悩だが、ガキの戯言に耳を傾けるほど間抜けじゃない」
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