暴君は一日にして成らず

20/44
前へ
/44ページ
次へ
 半宵、灯篭のともしびに豊かな乳房が背の反り様に比例して張りつめる。あらあらしい呼吸に合わせて揺らめく。  月明かりがないだけまだましだ。あの青白い光を触媒にして、どろどろに溶けていく。崩壊の音が頭蓋骨に振動する。  吐き気がとまらない。 「こう……のきみ……」  呼ぶな。 (皇の君……)  雨音にかき消されない声で呼ばないでくれ。  頭が割れそうに痛い。  ぐずぐずに煮立った見上げる瞳は、欲望に濁りきって、その中心に歪曲した俺をうつしだす。  吐きそうだ。  弓なりに反った白い首に這わせた指先から、全身に駆け抜けようとする鳥肌を抑えるために、神経のほとんどを費やさなければならない。  そんな俺を、もうひとりの俺が氷の瞳で見下ろしている。  無駄だ、と。  馬鹿馬鹿しくて滑稽で、息苦しくて、気持ち悪いだけのこれに、いくら意味をこじつけようとしても、生殖を目的としないのならば、ただのこじつけでしかない。  ――セ。  頭の中で声がする。何度も何度も、重なり合うほどにこだまする。  その声に耳を傾けてみれば、それは俺自身の感情が欠落した声で、  ――コロセ、殺セ、殺せ。  声の、言葉の、意味を理解して我に返れば、指先に力がこもっていた。  熱を帯びていく身体にあらがうかのように背筋が寒くなる、その瞬間、排泄行為にもならない生理現象として、爆ぜる。  ようやく脱力した指々の間には、昇りつめた女の、細く白く柔い首があった。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

559人が本棚に入れています
本棚に追加