暴君は一日にして成らず

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 大会が終わり、俺はベンチに座って父上を待っていた。父上は俺が参加した学校へ挨拶しに行っている。  父上から離れれば、空が眩しいほどに青くなった。  遥か上空を鳥が飛び交い、それを仰ぎ見ては真理という女を思い出していた。  自由な女だった。  屋敷でただひとり足音を鳴らし、ばたばたと廊下を走る。ばかでかい声とともに襖を勢いよく開けて、ずかずかと勝手に入ってくる。  そうして、満面の笑みで俺を抱きしめるのだ。  真理の腕の中は、鼓動でいっぱいだった。  こいつは、生きている。  俺を含めた万物の中で、真理だけが生きていた。  頭の中が鼓動でいっぱいになる。あまりの心地よさに目をつむれば、俺の鼓動も主張しはじめる。  俺も、生きている。  そんな当たり前で、不思議な自覚に戸惑いを覚える。ふと顔を上げると、真理は微笑んでいた。  目を細め、眉尻も目尻も下げ、口角だけはほんの少し上向いて、真理はいつでも笑っていた。  最期の瞬間まで笑って――。
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