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「おにいちゃん」
視界の隅には入っていた。
(聞こえないのかなあ)
とそいつは心の中で言った。視界の隅から俺に向けて。聞こえてる。
「ねえ、さっき1位になったのおにいちゃんでしょ?」
鳥がまた、空を横切った。
(もう! 絶対聞こえてるのに!)
「ねえってば! 聞こえてるんでしょ!?」
うるさい。聞こえているが、聞こえているだけで、誰かと喋っていいと父上は言っていなかった。
「聞こえてたら返事してよ!」
誰かと喋っていいわけもない。そのために気配を消して座っていたのだから。しかしうるさい。
「何の用だ」
黙れ、と言う意味で短く返事をすれば、そいつは視界の隅で嬉しそうに顔を綻ばせた。
そしてその表情に見合った声色で、
「さっき1位になったの、おにいちゃんでしょ?」
「だったらどうした」
「やっぱりそうだ!」
だから、それがどうした。
「私ね、学校で一番足が速いから、誰かと鬼ごっこしてもつまらないんだ」
「……鬼、ごっこ」
「うん、鬼ごっこ。だから、おにいちゃん、私と鬼ごっこして」
鬼ごっこ――。
『じゃあ、私が鬼ね! ほら皇ちゃん、あやをおんぶして! 十数えたら追いかけるから。皇ちゃんとあやは私から逃げるのよ! いい!?』
記憶の中の真理は、俺にあやを押し付け、なぜか怒ったように目を吊り上げて、腰に手をあてていた。
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