暴君は一日にして成らず

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「ちょっと! 話を聞くときは、話してる人を見なさいってお母さんから教わらなかった!?」  は、と空から視線を落とせば、そいつは腰に手をあてて、丸い目を吊り上げていた。 「……母じゃない女に教わった」 「そう」  と、小さな体躯と童顔に不釣り合いな、大人びた笑みを浮かべた。  可愛いというには美しく、美しいというよりは、眩しい微笑みだった。 「ちゃんと守らないと教えてくれた人が悲しむよ」  真理が、悲しむ……? 「あ、お兄ちゃんが呼んでる」  そいつはくるりと背を向け、せわしなく左右を見回すと、顔だけ振り向いた。 「今度会ったら鬼ごっこしてね」  俺はまばたきも忘れて、少女の満面の笑みを見つめていた。 「約束だよ!」  そう叫ぶように声高に言い放って、少女は駆け出した。 「ああ…………約束だ」  ひとり取り残された俺は、夕闇が迫って冷えゆく空気の中に小さく呟いた。
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