暴君は一日にして成らず

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「虎ノ介」 「は」  今の今まで誰もいなかったはずの背後で声が聞こえ、虎ノ介独特の気配がじわりと浮かび上がる。  視界の先端で、ついさっき約束を交わした少女が大人の男に手を引かれて、笑っていた。 「あれを調べろ」 「あれ、と申しますと?」 「とぼけるな。一部始終見ていただろう」  はあ、と呆れのこもったため息が聞こえた。  真理が悲しむかも知れなくとも、虎ノ介を見られなかった。雑踏にまみれゆく少女から目が離せなくて。 「調べてどうするんです」 (気持ちはわからなくはないけど、それでも相手は外の人間なんだし)  わかってる。 「わからん」 「はあ。わからなくて、なにを調べるんです」  豆粒ほどにまでなった少女は頭をなでられて、もともと柔らかいものをさらに柔らかくしたような笑顔を隣の男にまっすぐ向け、くすぐったそうに肩をすくめた。 「すべてだ」 「はあ」 「あれのすべてが知りたい」 「どうしても?」 「どうしてもだ」  わかりましたよ、と虎ノ介はため息交じりに呟いて、 「あなたが自分から何かに興味を持つなんて、初めてのことですもんね」  と、自分自身を納得させるようにうそぶいた。  
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