暴君は一日にして成らず

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 仕事は、父上が言っていたように至って簡単な――通り魔を装って心臓を一突きするだけの単純なものだった。  帰宅ラッシュの人混みの中、交差点のほぼ中心に向かって歩く。行きかう人々は進行方向だけを見ている。  仮に、数十歩後のその場面が見えたとしても、ある角度からしか見えない位置を取る。唯一見えてしまう角度には父上がいる。いるそこは、かえって死角になる。  その唯一で、ナイフを横に寝かせる。  万が一、標的が予想外の動きをしたとしても、寝かせていればろっ骨に引っかからずにすむ。  刺しこみさえすれば、あとはナイフの先端の角度をかえて急所をえぐるだけだ。  神経を澄ます。こちらに向いている意識がないか、研ぎ澄ます。  だが、もし見られたとしても困ることはない。この一件は、迅速に警察に根回しされ、適当な、あるいは架空の人間が犯人に仕立て上げられる。  1時の方向に標的確認。 (確認完了。そのまま進め)  まっすぐ意識に飛び込んでくる心の声は、死角を作っている父上からだ。  変更は。 (なし)  予定通り5歩後実行。4。 (3)  2。 (1)  0。任務遂行。
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