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 家族から生えた花は綺麗すぎて、触れることすら、それどころか近づくことすら恐ろしく思えた。もしかしたらその躊躇が僕の命を繋いだのかもしれない。触れなかったことが幸いして、種子が室内に飛散せずに済んだのだから。  携帯の充電は回線が復旧しないうちに尽きてしまった。誰が生きているのか確認すら出来ないまま時間が過ぎていって、そのうちに僕はいつの間にか、喉から声が出なくなっていることに気が付いた。  1週間ほど経った頃だろうか。街が蔦で溢れ返り、震える身体をいなしながら自室に潜んでいた日。国はまだ寄生されていない国民を保護するため、各地に避難所を配置した。  完全に除菌、除染した室内では久し振りにまともな食事をとることができた。涙が出るほどおいしかった。僕と同じように気が気ではない生活を強いられていた人たちと接することで、僕の気分も幾らか楽になったように思う。  楽にはなったが、まだ声は出せないままだ。医者には心因性のものだからそのうち出せるようになる、と言われたけれど、どうせ言い訳や嘘ばかり吐く口だ、寧ろ喋れないほうが気が楽かもしれない。  こうして今物事をまともに考えていられるのもあの人たちのお陰だ。彼らには今でも本当に、本当に感謝している。  そうして今日。救助用の小舟を拝借して、あの施設からこっそりと出てきたのは紛れもなく――そう、ある目的を達成するためだ。  ガスマスクを介して久し振りに見た外の世界は灰色で、それから蔦に覆われていた。少しだけ違ったのは、いつの間にか雨が止み、雨水に浸食されて建物がひどく荒廃しているということくらいだろう。  そして、以前よりもずっと静かだ。舟の動きに合わせて跳ねる水の音まではっきりと耳に届く。  街全体が海のようになっているせいだろうか、以前此処が何処だったのかすらよく分からない。それはよく言えば幻想的で、悪く言えば世界の終わりを絵に描いたような、そんな風景だった。  
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