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宙を舞った後、記憶にあるのは、車の中で泣いている私と、私を抱えて心配顔の父と、ババチャンの顔を覚えている。
何故か私は、車に跳ねられた痛さより、手に握り締めていた『朱いお金』が無くなった事で、「朱いお金、朱いお金が無い。」と、泣きじゃくっていた。
すると助手席に座っていた見知らぬオジさん(3才の幼児にとって高校生以上は皆オジさんにしか見えないから、もしかしたら若かったのかもしれない…)が、背広の内ポケットから黒い財布を取り出し、一枚の紙切れを私に「これで、我慢してくれる。」と申し訳なさそうに差し出してきた。
それは、お札であったが3才児に金銭の威力は皆無で、いくらのお札だったのかも覚えていない。そしてただえさえ、大切な『朱いお金』を無くしてしまって機嫌が悪い私は、火の着いたように狭い車内で「こんなの嫌だ。朱いお金、朱いお金」と泣き叫んでいた。
するとババちゃんは、小さな鈴の着いた、藤色の蝦蟇口から『朱いお金』を私に握らせて、「これでもう泣かないよ」と優しく頭を撫でてくれた。
今私の左頬に外傷の跡は残って無いが、この一場面だけが、なぜか記憶に残っている。
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