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「あれが……シヲさん?」
隣で素直ちゃんが呟く。
そういえば、友達にシヲさんを会わせたことなんかなかったから(諸々の事情により)、どんな風に紹介すればいいのかさっぱりわからない……。
でも、と、わたしは思い直す。
素直ちゃんにはわたしがオカマバーで働く女装男子に恋をしているということを包み隠さず話しているので、そこまで動揺はしないかもしれない。
「そ、そう…シヲさん…」
わたしはシヲさんに軽く手を振りながら、恐る恐る素直ちゃんを見上げた。
そこには、見たことの無い素直ちゃんの顔があった。
凍りついている、というのが一番適切な表現だと思われる。
温かい飲み物を飲んでいるのに、顔色は真っ青だ。
シヲさんを見据えたまま小刻みに震える彼女の様子は尋常ではなくて、わたしは心底不安になった。
「素直ちゃん……?」
そっと素直ちゃんの手に自分の手を重ねる。
瞬間、わたしの手は乱暴に振り払われ、紙コップの中の桃のソーダが半分以上、胸にこぼれてしまった。
「す、なお、ちゃ………」
唖然とするわたしを、燃えるような瞳で睨む素直ちゃんの手は、紙コップを握りつぶしていた。
彼女の青白かった指は飛び散った紅茶のせいで赤く腫れている。
「……馬鹿みたい」
「え?」
「あんな女みたいな人を好きになるなんて、馬鹿みたい!!」
頭が真っ白になった。
「帰る!」
素直ちゃんは紙コップを握りしめたまま、
全速力でわたしの隣から走り去った。
視界を、美しく柔らかな黒髪が光を帯びて駆け抜けていく。
上品なシャボンの残り香が、わたしの鼻孔をふわりとくすぐった。
シヲさんは神速で校門を駆け抜けて行く素直ちゃんを横目で一瞥すると、人垣をすり抜け、軽い足取りで立ちすくむわたしの目の前まで駆け寄ってきた。
口にはココアシガレットが銜えられていて、一見煙草をふかしているようだ。
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