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「でも」
熱いものが込み上げてきて、わたしは緩んだ唇の隙間からココアシガレットを落した。
「わたしは、みんなに、シヲさんやお父さんのこと、好きになってほしいんだもん」
「そんなこと無理だよ。
みんなに好かれるなんて、一般人でも難しいのに」
ちがう。
どちらかというと、素直ちゃんに否定されたのはシヲさんじゃなくて、『シヲさんに恋したわたし』の方なのだ。
『あんな女みたいな人を好きになるなんて、馬鹿みたい!!』
「シヲさんは、綺麗で、優しくて、強くって、だから、だから」
だから大好きなのだ。
シヲさんは涙が止まらなくなったわたしの肩を抱いて囁いた。
「ねえ、僕は謳子ちゃんをこんな風に泣かせるような人間に好かれたいとは微塵も思わないよ。
何を言われたか知らないけど、そんな人が一人くらい離れていったって君の人生にはなんら影響はない。
だって謳子ちゃんには僕がいるんだから」
わたしは顔をあげて潤んだ視界でシヲさんの顔を捉えた。
いつものような憂いをたたえた瞳ではなく、
とても無垢で、危ういほどに澄み切った瞳だった。
そう、あの夜にみた瞳。
肩を抱く手にぎゅっと力がこもり、わたしの頬はシヲさんの薄い胸板に押しつけられた。
「謳子ちゃんの人生には、僕だけが在ればいい」
その言葉に、恋慕の情は少しも混じっていないことを、わたしは知っている。
だから、安易にときめいたりしないんだ。
「…でも、五月さんにはアンタは過保護すぎるって怒られちゃうんだよね。
自分だって娘が心配で仕方ないくせに」
ほらね。
この人の愛は、お父さんのそれとよく似てるんだ。
それでもやっぱり、わたしはシヲさんに恋をしている。
「シヲさんもお父さんも、心配性すぎるよ」
わたしはシヲさんの胸から離れて笑った。
「あ…もう離れちゃうの?」
残念そうにわたしの両手をたぐりよせるシヲさん。
時々わざとなのではないかと思う時があるけど、彼はわたしが恋心を抱いていることなど知る由もないらしい。
これはお父さんが断言していたので、ほぼ間違いないと思われる。
…ただ、お父さんにまでだだもれの恋心を何故本人は気付かないのか甚だ疑問ではある。
『あんたのことになると鈍感なのよ、あの馬鹿は』
と、お父さんは言っていた。
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