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シヲさんは黒目がちの大きな眼を細めてわたしに微笑みかけた後、血管の透ける華奢な指をキッチンの奥のコンロへ真っ直ぐに示してお父さんに言った。
「目玉焼き、こげちゃうよ?」
「きゃあああ!
忘れてたわ!あんたのせいだからね謳子!!
ていうかシヲも気付いたんなら火ぃ止めなさいよね!!」
お父さんは悲鳴をあげながら、バタバタとキッチンへ駆けこんでいった。
「だって僕、やり方わかんないもん…」
シヲさんは唇を尖らせて膨れた。
ふくれっ面も、美しい。
この人が男だなんて、誰が思うだろうか。
男、おとこ、オトコ、♂。
そう言い聞かせないと、男性という概念そのものがこの外見に飲み込まれてしまいそう。
自分が女であることが恥ずかしくなってしまうくらいだ。
嗚呼、この罪作りなまでの美しさたるや……。
見惚れていると、冷たい手のひらがわたしのおでこにあてがわれた。
「ひょええええい!!
なになになんで!?」
「うーん…熱はないみたいだけど……」
ピントが合わないくらい間近で、シヲさんがわたしを見つめている。
きっと今、わたしは耳まで真っ赤になっていることだろう。
この極上の状況に大いにパニくったわたしは
動転してその手を払いのけてしまった。
「なななななっ
熱なんかないよっ健康そのものだよっ」
「でもぼーっとしてたよ?」
「そそそそれは…低血圧だから!!」
「えー?
そんなの初耳だよ?」
「ひ…秘密にしてたから!」
「ひみつ……?」
たちまち、シヲさんの瞳がうりゅっと潤む。
「えっ」
ぎょっとするわたしの前で、シヲさんははらはらと泣き崩れていく。
「ひどい……。
九九もできない頃からずっと大切に育ててきた謌子ちゃんに秘め事をつくられるなんて…。
シヲ哀しい…!」
「えっ!?ちがっ、違うよ!!
低血圧は嘘!嘘です!!」
「嘘つかれるなんて…。
シヲ哀しい…!」
「そうじゃないんだってばー!!」
モウダメダ……
余計な嘘をついたせいでシヲさんを悲しませてしまった。
せっかくの月曜日なのに………
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