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苦心して焦げを取り終わると、わたしは漸く目玉焼きにありつけ……
……たと思ったその瞬間、シヲさんに皿を取り上げられた。
「もう。五月さんってば。
焦げたやつ、僕にくれればよかったのに」
シヲさんは自分の分の皿をわたしの前に寄越しながら眉根をよせてお父さんに抗議した。
「だってお客さまに焦げた分を食べさせるわけにはいかないじゃないの。
…ていうかアンタ、謳子が焦げを全部取ったのを見計らって交換したでしょ」
そう、シヲさんはこの家の家族ではない。
まあ、家族みたいなものだけど、わたしやお父さんと違って、血が繋がっているわけではないのだ。
シヲさんはわたしのお父さんの経営するオカマバー『レプラコーン』の従業員で、普段はお店の方に住んでいる。
お店がお休みの月曜日だけ、こうしてうちで食事をすることになっている。
料理のできないシヲさんの身体が心配だから、とお父さんは言っているけれど、それだけじゃない。
何も持たないシヲさんに、居場所をつくるためだ。
ちなみに、五月というのはお父さんの源氏名で、本名は小早川五月雨。
仰々しいでしょう?
コバヤカワ サミダレ。
五月雨じゃ怖いから、雨だけ取って、サツキ。
シヲさんの正式名称は、汐里さん。
それだけしか、教えてもらっていない。
それがファミリーネームなのか、ファーストネームなのか、本名なのかすら、わたしにはわからない。
シヲさんがお店の一員になった時から、みんな彼のことをシヲさんと呼んでいるので、わたしもそれに従っているだけ。
シヲさんがふらりと現れた夜のことは、また、いずれ。
「僕、お客さまじゃないもん……」
目玉焼きの目玉に箸をつき立てて、シヲさんは若干しゅんとして呟いた。
「そっそうだよお父さん!
シヲさんはお客さまじゃなくって…えと…」
フォローしようとして言葉に詰まる。
「じゃなくて、なに?」
シヲさんのキラキラした視線を横顔に感じる。
「う…えっと…あっと…」
お父さんまでニヤニヤしている。
あっという間にキッチンが敵陣に成り代わる。
「シヲさんは、シヲさんです!!」
「「ぶわははははは」」
わあ。男らしい笑い声ですこと。
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