必然であること

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 アルベリア王国王都シルヴァラ。  教会の鐘が正午の訪れを告げている。  その音を聞いた人々が、昼食の準備をし始めている。立ち並ぶビル群の中で一際高くそびえる王城にも、その音は聞こえるのだろうか。この都の東の隅に追いやられた食事を取ることすらままならない者達を、貴族は救おうともしない。  そのスラムの住人と同じ目で城を見ている男が王立士官学校の屋上にいた。黒髪と黒瞳、それと同じ色をした制服を着た少年は学校一の剣の使い手でもあり、もう一つの顔を持っていた。 「ルーザ、昨日負けたらしいな」 「うるせえよ。ヴァルサー」  表情を変えずにルーザは答えた。  ヴァルサーは赤銅色の髪をなびかせ、屋上の柵に背中を預けている。階下の喧騒をどこか楽しげに聞きながら、昼食のパンを食べていた。 「もう辞めたほうがいいぞ。昨日は良かったが次は死ぬかもしれない」  ヴァルサーは苦しそうな顔をして言った。 「ゴホッ!ゲホッ! ウエッ」  パンが喉に詰まったらしい。 「大丈夫か?」  全然心配していない声で、本当に愉快そうに笑っていて、昨日の苦い記憶さえ消え去るほどに気分が晴れていく。  少し無邪気な笑顔を浮かべて、パンと一緒に買った牛乳を隠して。この笑顔が、この親友の前でしか見せないことを自分さえ気付いていない。 「返せ。死ぬッ」  しょうがないなと出した牛乳を、ヴァルサーは引ったくり、慌てて飲んだ。 「ゴホッ! ゴホッ!」  今度はむせたらしい。  いい加減バカらしくなってルーザが、その様子を眺めていると、ヴァルサーはコホンと調子を整えて、 「聞いていたか?もう危ない仕事をするな。そうだ、俺を手伝えばいい」  勝手に決めてしまった男の仕事は、賞金を掛けられた犯罪者を捕まえることだった。  十分に危なそうだが、 「考えとくよ」  それが、この男の肯定であることが分からないほど短い付き合いではない。
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