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彼は期待していた程の達成感は感じることができなかったが、いつもよりおいしいコーヒーと煙草を味わうことはできた。今しがた約1カ月かけて何とか小説を形にできたのだ。枚数にして原稿用紙約百枚分。初めて書いただけあり、語彙の貧しさや技術の無さ、その他諸々の稚拙さは節々から滲み出てはいた。
小説など創作活動をした事のない彼、甲田由がこの様な傍から見れば無駄とも思える作業に熱意を燃やす事となったきっかけは簡単に言うならば失恋。そして何とかして見返してやりたいという一心。それだけで頑張ってきたのである。
小説を書く事と見返す事、その繋がりについては冷静な目で見る分には疑問は残るが、何でもいいから、
『自分はできる男だ、凄いのだ』
と、示したかったのだろう。彼女の目に止まる事は無いと知りつつも。
内容は、だらしのない男子大学生と彼を監禁する女、そしてコスプレによって現実逃避する女を軸とした、人称と時間軸の使い分けによってちょっとした仕掛けのある叙述物といったところか。
時には自己投影した男子学生の口から、そして女の口から、地の文から、夢の中の鳥の口から彼の主張は発せられていた。メタファーであるとか技術も使えずに只々流されていた。それは幼い駄々っ子のように。
彼は聞いてもらいたかった自分の正当性を。 聞き手の居ない彼の言い訳はどこまでも一方的で、都合の悪い点には一切合切目もくれない自己満足の塊でとても歪。
屈折した主張。
所詮は敗者である証左。
しかしながら、綺麗事が排除されて気持ちの悪いからこそ本音であり、甲田由の今この一片を正確に切り取った純たるもの。
そう、彼は生粋に堕落しきっている。
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