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さんぼんめ
「切って欲しい『糸』というのは、その……」
女はうつむいて口ごもった。ちら、と隣を見るように目が泳ぐ。
眼鏡の男は淹れた茶の湯気越しに、女を見つめて黙って待った。今度の客は、ベスティア婆さんなら「世間の苦難を知ったつもりの、いけ好かない顔」とでも表すだろう。茶を手に取り、女は一口すする。口の滑りを良くするかのように。
「その、母との、なのです」
「へえ、お母様と。それはまた一体どうして?」
女はまた手元の茶に視線を落とした。二人の間に沈黙が満ちる。
「……お母様との『糸』を切るだなんて、よっぽどの事だ。肉親の『糸』なんてそうそう簡単に切っていいもんじゃありませんし。『糸』は見なきゃ切れませんが、『糸』を見るって事はその人の色んなモノが見えてしまう事なんですよ。私、ちゃんと話を聞いてからじゃないと、『糸』をまず、見ませんよ」
そう言って、男は自分の眼鏡を指先でつついた。
それを聞いて女は、一度ぐっと口を引き結んだ。カップを握る指先が一瞬白くなった。
そうしてから、おずおずと話し始めた。
「わたし……母に、依存されてるんです」
「と、言うと?」
「わたしの家、母とわたしの二人暮らしでして……わたしは今、近所のパン屋で働かせてもらっているのですけど、働いている時間、母がわたしを呼ぶのです」
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