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「なるほど、分かりました」
眼鏡の男は頷いた。
「そういう事なら、『糸』を切って差し上げましょう」
「本当ですか」
弾かれたように女は顔を上げた。
「ですが、条件があります」
そしてびくりと身を竦ませた。
「……何ですか」
「一週間。一週間だけ『糸』を切りましょう。
一週間後に、またお母様と一緒にここを訪れなさい。そうして何がどう変わったのか、私に伝えてもらいましょう。その先は、それから決めます。いいですね?」
女は妙に不安そうに視線を横にずらした後、「……はい、分かりました、お願いします」と答えた。
その反応に怪訝な物を覚えたものの、眼鏡の男は立ち上がり、壁に吊るしてある鋏を手に取った。
古びてはいるが、金色に光る真鍮と透き通る色ガラスで美しい細工がされている。女の目には、どこか神秘的な力の宿った特別な鋏に映ったが、実際はそうではない。只のハッタリだ。何分見えないものを扱うのだから、信じさせるにはある程度の勿体つけが必要になる。本当は切ると明確に意識するだけで切れるのだ。ただ『鋏師』と呼ばれる以上、伝統的に鋏を用いているだけで。
『鋏師』の仕事を父から受け継いだとき、この鋏も一緒に与えられた。仕事道具である事に変わりはない。仕立には使わないが。
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