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「お嬢さん、貴女の仰った事は信じましょう。
貴女が愛する恋人は、貴女と結ばれるため二人で貯めたお金を持って、貴女を置いて蒸発した。
貴女はその人が決して帰って来ない事を知っている。貴女の呼び声が『糸』を震わせていない事も。だからこそここへ来た。そうでしょう?
しかし、それなら、きっと貴女も薄々感づいてはいるんじゃないでしょうか……」
男は女から手を離し、眼鏡に手をかけた。ずらしたレンズの上からの、遮るもののない純正の視線で女を視る。
男の眼には、女から伸びる光る糸が幾筋か見えていた。
女に絡まっているものも少しはあるが、その絡まり方はどれも緩く、縛っていると呼べる程のものはない。
眼鏡を戻し、男は言葉を続けた。
「……そんな『糸』、初めから無いという事を」
それを聞くと、女は耐えきれなくなったとばかりに声を上げて泣き出し、いましめから解かれた操り人形のように床へ崩れ落ちた。
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