いっぽんめ

3/4
前へ
/34ページ
次へ
「お嬢さん、貴女の仰った事は信じましょう。 貴女が愛する恋人は、貴女と結ばれるため二人で貯めたお金を持って、貴女を置いて蒸発した。 貴女はその人が決して帰って来ない事を知っている。貴女の呼び声が『糸』を震わせていない事も。だからこそここへ来た。そうでしょう? しかし、それなら、きっと貴女も薄々感づいてはいるんじゃないでしょうか……」 男は女から手を離し、眼鏡に手をかけた。ずらしたレンズの上からの、遮るもののない純正の視線で女を視る。 男の眼には、女から伸びる光る糸が幾筋か見えていた。 女に絡まっているものも少しはあるが、その絡まり方はどれも緩く、縛っていると呼べる程のものはない。 眼鏡を戻し、男は言葉を続けた。 「……そんな『糸』、初めから無いという事を」 それを聞くと、女は耐えきれなくなったとばかりに声を上げて泣き出し、いましめから解かれた操り人形のように床へ崩れ落ちた。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加