にほんめ

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せいせいしたように手を振って、眼鏡の男は見送った。 姿が見えなくなってから、そういえば殺されそうだとか言ってたな、と思いだしたが、まぁあいつなら大丈夫だろうと思い直して忘れる事にした。 ああ見えて、要領は悪くない。借金だって何度もしているようだが、その度ギリギリには返しているようだし、少なくとも罪に問われるような事は今までやっていない。 酒と博打が趣味という屑のような人間だが、それこそぼろくずのようになって息も絶え絶えで転がり込んで来たことは一度しかない。その一度の時は、流石に嫌味も忘れて取り乱したものだった。 あの男は特段学があるという訳ではなかったが、頭の回転が速くておまけに物覚えが良かった。それを生かして、今は情報屋まがいの事をやっている。 あいつに頼めば大抵の事はどうにかしてくれる人を紹介してくれる。 実際、『鋏師』の依頼を取って来てくれた事も一度や二度ではなかった。だからこそ、なんだかんだ言って金は貸しといたままにしてるし、門前払いもしないのだ。 それでも来られて厄介で喧しい事には変わりない。 はぁやれやれと溜め息をついて、今度こそシャツを縫おうとテーブルに向かった時、再びノックの音がその耳に届いた。今度は控え目な音だ。 「ごめんください」と、先程とは違う女の声がした。
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