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みゆさんの店は、おいしいコーヒーと簡単な軽食を出してくれる喫茶店。
常連客にだけ昼は特別ランチ、夜はカフェ風居酒屋に早変わりしてしまう。
ナツ君の本職は作家。
素敵な小説を書いているけれど、なかなか世に出ない
芥川賞新人賞に幾度かノミネートされてはいるけれど、授賞には至らなかった。
小説では稼げないナツ君は、みゆさんの店を手伝いながらバンド仲間と時折ライヴをしていた。
元々、小さな頃からピアノを習っていたナツ君は、学生の頃からの友人とバンドを組み、今でも異色のピアノを使ったロックバンドとして活動している。
と言っても、みゆさんのお店の隅で月に一度ライヴ活動しているだけのアマチュアバンドだった。
トラウムにはアップライトピアノが置いてあり、ナツ君は、時折お客さんからの要望でピアノの生演奏を聴かせてくれる。
私達の誰かが、人間関係や仕事に疲れた時
口の悪いナツ君は毒づきながらも、決まってピアノを弾いてくれた。
各々その時に合った曲を
私が彼と別れた日には、何も言わず、ショパンの別れの曲を弾いてくれた…
とても静かな空間で、ナツ君が奏でるピアノの音だけが、私の悲しみを包んでくれていた。
それはとても哀しく、そしてとても暖かな音色だった。
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