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一瞬、琴音の思考が停止した。
初めて会った人間に、今の生活から逃げたいか、と聞かれて眉を寄せない人間は居ないだろう。
しかも、セイは琴音の名前を知っていた。
『初対面の貴方に、何が分かるの?』
琴音は無表情を崩さず、静かに言葉を投げ捨てた。
声色からして明らかな拒絶に、セイは一瞬困った顔をした。
「琴音ちゃんは、逃げたいと思ってるよ」
セイはハッキリと言った。問いかけではなく、曖昧な言葉でもなく、ハッキリと。
セイの言葉が、琴音の頭の中でリピートされる。
ハッキリ言ったセイの言葉に、不思議と違和感は無かった。
まるで、自分の心を映し出されたみたいな感覚。
『確かに私は、逃げたいと思ってたかもしれない。でも逃げられるなら、とっくに逃げてる』
無表情ではあるが、少し琴音の顔が歪んだ気がした。
普段の琴音なら、育った環境のせいか、弱音を吐いたり自分の心を見せたりしない。
だけど目の前の少年に、なぜか全てぶちまけてしまいそうな気がする。
「大丈夫だよ」
子供を慰めるような、優しい声。
ふと、琴音は思った。
(この子は、私が親からどういう仕打ちを受けているのか知っているの?)
セイに対する疑問が次々に溢れてくる。
あなたは幸せ?
家族は居るの?
ちゃんと愛されてる?
なぜかこの少年には、自分のように落ちぶれた生活はして欲しくないと思った。
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