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宏は焦っていた。なんとしてもあの場所に行かなくては。
二人は早い冬休みを利用しての京都旅行。小雪舞う先斗町で早めの昼ご飯をすませていた。
恵美は言った。『たまにはいいね~こうして二人だけで旅行も。』彼らは大学の時のサークル仲間。温泉のサークルだった。しかし二人だけは初めてだった。
ますます彼は焦っていた。
京阪の駅までは歩いてちょっと。まだお昼前だ。宏はおもむろに口を開いた。
『今日は絶対恵美に見せたいものがあるんだ』そういうと駅へ急いだ・・。
彼らは淀で降りた。恵美はとっさに口を開いた。『まさかここまで来て・・。』『せっかく京都まできてまた競馬なの!?』
宏は大のギャンブル好きだった。競馬はもちろんパチンコにも目がなかった。
今回の京都旅行。実は彼が計画した。土日競馬三昧の宏が罪滅ぼしとは名ばかりに。そしてあの馬にあわせるために・・。
12月19日。もう街は冬枯れ。いささか京都の紅葉を見るには遅すぎる。恵美は疑問に思いながらも初めて二人きりの旅行に誘ってくれた宏に二つ返事だった。
むくれる恵美に『今日だけは信じてくれ。だまされたと思って』宏はそう告げると脇目も振らず競馬場の門をくぐっていた。
土曜日の6レースは昼下がり。
馬がいない場外の京都競馬場。
新馬戦だった。『恵美、4番の馬だけ見てろよ!』
恵美はほとんどいやいや宏の三歩後ろに立っていた。
スタート。程なくして恵美はその馬の小ささに気が付いた。
『あの馬すごい小さいじゃない?何であんな馬なんか注目なの?』宏は
『だまって見てろって!奇跡を起こすから。』
4コーナー。その小さい馬は風になった。そして光のなかへ。恵美は絶叫した。『すごーい!飛んでるみたい!』。4枠4番の馬の名をディープインパクトと言った。
彼らは競馬場を後にした。恵美は宏にきいた。
『いくら儲かったの?夕飯は宏持ちだね。』
宏は『一円も買ってないよ。今日は恵美に見せるためだけに来たんだから』
恵美は『何で買ってないの~』とちょっと宏を横目で睨みながらもうれしかった。
そしてちょっと宏に気持ちが近づいた気がした。
雪はちょっと強くなってきた祇園の夜。恵美は宏にほんの少し寄り添って歩いていた・・。
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