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「なんっ」
「お前では無理だ。あれは姫の暴走を止められる。大人しく待っていろ」
振り向いたブラックの腕を掴んでいたのは、長身で右目に眼帯をした男だった。
全身真っ黒で重厚な衣服を身にまとい、動きに隙はない。
それは、いつか研修で見た王宮付きの兵士そのものだった。
「あんたら何なんだ。なんでサラを姫と呼ぶ」
男は答えずにサラと件の子どもの動きを見つめている。
掴まれたままの腕を振り払おうとしても、いったいどんな力なのかまったく動かない。
どれだけ暴れても、男の足を蹴ってみても、まるで大木のようにどっしりと立っているだけだった。
ブラックの呼吸がわずかに乱れ始めた頃、魔力の渦は小さくなっていき、最後にははじけるように霧散した。
強い魔力を持つ教師たちが数人がかりで抑え込んだ暴走を、あの子どもはたったひとりでとめた。
それもほんの数分で。
「……サラ?」
安堵したのは束の間で、サラは俯いたままつかつかと足早にブラックに歩み寄るとその頬に平手打ちを食らわせた。
「ブラックの、ばか!!」
落ち着いてはいなかったのか、と懸念するもサラの瞳はまっすぐにブラックのそれをとらえ、彼女が正気であると示している。
ただ、その叫びは今にも泣き出してしまいそうだった。
ブラックの願いは、サラが無事に逃げ切ること。
心優しい彼女がブラックとともに残っていたとして、できることはなかっただろう。
混乱と絶望が渦巻く学園で、だた涙を流し立ちすくんでしまう以外には。
だからこそ、ブラックは冷たい言葉を並べてサラを学園から逃がした。
たとえ嫌われてしまっても、どれだけ彼女を傷つけてしまうかも――すべて、わかったうえで。
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