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幾刻過ぎた事だろう。
青年は目を醒ます。
暗闇でよく見える瞳はあの女を探した。
ロココ調を模倣したのか、酷く不細工な猫足の椅子が映る。彼女が座っていたものだった。
青年は椅子に掌を載せる。既に熱を失ったそれは青年の体温を返すだけだった。
「おい」
返事はなかった。
また何処か買い物にでも行ったのだろう。青年はそう思い、毛布をベットの上に戻す。
時計を見上げると、まだ昼間の時刻を指していた。
不意に青年は喉の渇きを覚えた。
部屋の隅にある小さな洗面台まで行く。緩慢な動きで蛇口を捻った。
シャーっという水音が脳を麻痺させる。
青年は何を思ったのか、水の流れに手を浸し、顔をゆすいだ。
水は刺すように冷たかった。
青年は顔を上げる。目の前の鏡は背景を映すばかりで青年は憂鬱な気分になる。普段は気にも留めないことなのに、珍しく鏡に映らない自分を呪った。
女が居ないことがそうさせているのか、一人で暗闇に居ることがそうさせているのか分からなかった。
今までにもこんな状況があったというのに今日はいつもと何かが違った。
自分の奇妙さに気付き青年は映らぬ己を鋭く睨む。
鏡は何も映さなかった。
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