空の人

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 女は背をのけ反らせる。金糸のような髪がうねり、白い喉が無防備に晒される。  青年は瞠目した。  女の唇からは一筋の赤が零れた。  青年は女の名を呼ぶこともできず、唇を噛んだ。女には名がなかったからだ。  抱き締めた身体は柔らかく、瞳は閉じられていた。  青年は叫びとも似つかぬ咆哮を上げ、瞬時に視線を巡らせる。  青年からあまり離れていないところに一人の男がいた。荒い息を立て、身体はガタガタと震えている。小心者そうな男だった。  三人組だったのか。青年は臍を噛んだ。  男は引き金を引いた。弾は何処を狙っているのか壁にめりこむ。  青年は女を床に寝かせると、跳躍した。  男は顔を引き攣らせ震える銃口を青年に向けた。  銃声が轟く。  刹那、男の顔が有らぬ方向へと曲がった。  普段はけして見ることの出来ない180度後ろの世界が視界に入った途端、男は床へ崩れた。  青年は笑う。壊れたようにただ笑っていた。  青年の視線は外へと向けられる。外は明るく、色に溢れていた。  青年は女を抱き上げた。女の身体は軽く、華奢だった。  青年はその儘、庭へと降りる。  夜とは違う世界の色に青年は目を細めた。
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