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グラスに注がれた透明な酒を口にすると、懐かしい味が咥内に広がった。
幼い頃、父が好んで飲んでいた酒。
当時はその旨さなど理解できず、父が飲むそれを横から奪っては苦いと繰り返していた。
「酒は東の国の物が1番だと私は思うのだが……君はどうだい?」
何も知らず、アグレスは笑いかけてくる。
ただただ苦いと嘆いていた味は、身体に染み渡り、ほろ苦さを感じつつもどこか優しい味がした。
「懐かしい、味がします」
「……おぉ、そうか、君は東の国出身とロッドが言っていたな。さぁ遠慮せずに飲みなさい」
「いえ、これ以上は……生憎仕事中なので」
眉尻を下げ、やんわりと断りを入れるとアグレスはまたもやはっとした表情で扉を振り向いた。
「そうか、それは悪い事をした。ならば早く用を済まさねばクロウ君に迷惑を掛けるな」
防音の扉からは外の様子など窺い知れないが、店内は今クロウ一人。
収穫祭の夜である今日は、とてつもなく忙しいであろう。
それを察したアグレスは、胸元からある物を取り出す。
「これを君に直接渡したくて来たのだ」
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