-発端-

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   俺は少し後悔を感じていた。  目の前に広がる、異様に塗られた光景に。  少し薄暗い夏の夕方。空に浮かんでいるのは赤く映える雲。  その下に広がる夕焼けに朱く染められた住宅街。その何でもない場所に俺は立ち尽くすことを余儀なくされる。  踊る炎。流れる水。  対峙するは男と女。  燃えるはずのないアスファルトには炎が揺らめき、重力に逆らうはずのない水が壁を成してその光を反射する。  眼前に広がるこの光景は明らかに異常だった。  黒髪の女と赤髪の男。2人は水の壁を挟み、相対する。その間で水の壁が形を崩した。  通常とは明らかに空気を異にし、住宅に挟まれた車二台が対向できるほどの幅の道で、女は悠然と構え、男は肩で息をする。     -Flare lance- 「くそっ!〝炎槍〟!」  男が何やら言葉を発した。男の〝手〟から炎が溢れ出す。それは形を変え、槍と化す。男が女へと手を突き出すと槍は男の手を離れ女へと飛んでいく。  -Water shell- 「〝湧水壁〟」  短く言葉を紡いだ女の〝足下〟から水が湧き上がる。それは女を覆い隠す高さまで上昇し、迫り来る炎の槍を消し去った。水が少し蒸発する。  さっきの音の正体はこれだったのか……いや、そんなことは今はどうでもいい。  問題は〝今目の前で起こっているこの状況は何なのか〟  手から溢れ出す火傷必至の炎。  自然に反して湧き起こった水。  小学校、中学校、高校、日常生活で培ってきた知識。それらの中にこの状況を説明できるものは何一つとして存在しない。否、ある言葉を除いて。  まさか。根拠は俺の生きてきた17年間。しかし、今の状況はそれをも覆さんとしている。  具体的な死のイメージを、初めて感じた。  だけど同時に。  高揚した。
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