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「馬鹿ね~。ここで抵抗しても帰れなくなるだけよ? 捕まった方が〝あっち〟で暮らせる分マシじゃない?」
「………こうなった以上、こっちでも〝あっち〟でも変わらねぇじゃねぇか! だったらテメェも道連れだ!」
男が激昂し、再び何かの言葉を紡ぐ。それを見て女はやれやれと言うように、肩をすくめた。
一体全体、何が起こってる? きっと俺はただただ棒立ちし、間抜けに口を開けて呆けていることだろう。
住宅街の薄暗さが、増したような気がした。
不意に、俺の足元を何かが通り過ぎていく。
「……ッ!」
猫だ。さっきの野良猫。
目の前の状況から意識が逸れたことにより、何もできず呆然としていた俺は我に返る。
俺をこの場へと誘った疑問、好奇心。そんなものは俺の頭からとうに消えていた。
有り得ない状況。
あってはならない現象。
非日常なんてレベルじゃない。
物理も、科学も、自然も、全て覆してしまう光景。先入観や固定概念が全く意味を為さない世界。そんな中で立ち尽くしている俺が戦慄と高揚の次に感じたものは―――
―――ただ純粋な……恐怖だった。
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