-発端-

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      ‡  ‡  ‡  赤髪の男が地に伏している。 「あらあら、逃げちゃったのね。」  少年が走り去った後、水浸しの道路に立つ女は呟く。 「とりあえずあの子は後で探さないとね。目撃者が1人でよかったわ」  まあいないことに越したことはないんだけどね――――そう付け足しながら女は地に伏す男に歩み寄る。  夕闇が織り成す紫の光は、女の顔を妖しく照らす。男を見下ろすその視線には、多少の侮蔑が含まれているように見えた。 「……んしょ。ん~、幸い損壊とかはないようね。とりあえず報告に戻りますかっ」  自分より重いであろう男をその細い左手で担ぎ上げ背負う。何の苦もなさそうに男を背負った女は逆の手で懐から透明の球を取り出した。 「〝我は世界を翔る者。跨ぐは隔絶世界の狭間。今ここに架けるは超克の橋――――〟」  女が小声で何かを唱え終えると透明の球が白い光を放つ。  女は球が白い光を確認すると、それを地面に叩きつける。全くの無音で透明の球が割れ、閉じ込められていた光が溢れ出す。  溢れ出した優しい白い光が辺りを数秒覆う。それは誰もいない静かな住宅街に存在する異質な存在をも包み込んだ。  光が収束し消滅すると、そこにあったのは夕御飯の香り漂う元の閑静な住宅街。日常は何事もなかったかのように戻ってくる。  異常な雰囲気を纏っていた男女の姿はどこにもない。  その場に残っていたのは、不自然に濡れるアスファルトだけだった。
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