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「…これでよし。」
満足気な声と共にようやく手ぬぐいから解放された。
「ありがとう、ございます。」
混乱したまま頭を下げる。…まさか見知らぬ人に髪を拭いてもらう事になるとは思わなかった。
「構わないよ。
久しぶりに誰かと話せるのは嬉しいしね。」
「…お一人で住まれているんですか?」
ようやく動悸が治まり、冷静になってきた頭で質問する。
「うん、もう何年も…ね。」
私の問いに頷くと、遠くを見るように目を細めた。まずい事を聞いたかもしれないと今更ながら口を噤む。沈黙の落ちた中に雨音だけが鳴り響く。
「…止みそうにないね。」
隣で空を見上げながらポツリと呟く。
「そうですね。」
さっきより雨足は弱まったものの一向に止む気配はない。下手をしたら今日は一日中降り続くかもしれない。
「ちょっと待っておいで。」
そう言うとその人は再び屋敷の奥に入る。戻ってきた手に握られたのは赤い番傘。
…本物の番傘なんて、初めて見た。
目を丸くしている私に向かってその人は微笑みながら番傘を差し出す。
「泊まっても構わないのだけれど、さすがに初めて会う人間と過ごすのは嫌だろう?」
― 初めて会う人間…
その響きに何故かチクリと胸が痛んだ。
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