第1章 奇妙な取引

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もう一度深々とため息をついて、あたしは、店内を見回した。 平日の午前中ということもあって、あたしのほかに客の姿はない。 レジカウンターでは、髪を金色に染めた派手めのお姉さんが、暇そうに、爪の手入れをしている。 …万引きでもしちゃおうか。 ふと、そんな考えが脳裏を掠めた。 だめよ、そんなこと! でも… 何か思い切ったことをしなければ、この気持ちは晴れそうにない。 あたしは、もう一度、周囲の様子をうかがった。 軽快なポップスが流れる店内に人の姿はなく、店員さんは、せっせと爪を磨いてる。 …大丈夫よ。今なら…… あたしは素早く手を伸ばし、目の前の飾り棚から、青いネックレスを取ってポケットに入れた。 心臓が、早鐘のように鳴り始める。 息が、うまくできない。 怖くて、店員さんの様子を確認することができなかった。 うつむいたまま、あたしは足早に店を出た。 賑やかな大通りを抜けて、信号を渡り、細い路地に入ったところで、ようやく足をとめた。 まだ、胸がドキドキしている。 期待していたような高揚感はなく、むしろ、気分はどんよりと重く湿っていくばかりだった。 「…どうしよう、これ…」 あたしはポケットからネックレスを取り出し、憂鬱な気持ちでため息をついた。 その時。 背後から、肩を叩かれた。
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